INTERVIEW
「共感」と「協力」で築く新しい福祉のカタチ
リーベグループ株式会社
代表取締役 坂上隼大
「差別の無い一つの社会を創造する」をミッションに掲げ、発達障がいを抱える0歳から18歳までの子どもたちを支援しているリーベグループ株式会社。ドイツ語で「愛(Liebe)」を意味する社名の通り、代表の坂上隼大さんの愛は、子ども、保護者、そして会社で働く仲間にも広がりを見せている。そのユニークな社風と、これからの福祉の在り方について話を聞いた。
「できること」を育み、壁を乗り越えていく
当社では発達障がいを持つお子様を対象とした児童発達支援、放課後等デイサービスや、グループホームの運営を通じて、子どもたちの自立を支援しています。利用者様の多くは比較的軽度の障がいを持つお子様で、通常学級に通う人が8割、特別支援学級に通う人が2割です。一見、問題がなさそうに見える子どもたちですが、実際には「集団生活に馴染めない」といった悩みや孤独感を抱えています。幼少期に感じた「壁」は年齢を重ねるごとに大きくなり、就職する頃には越えがたいハードルになってしまうことも少なくありません。私たちは、幼い頃から子どもたちと保護者様に寄り沿った支援を行うことで、できるだけ「壁」を感じることなく人生を歩んでほしいと思っています。
そして「環境への順応」を重視し、学習支援や料理、スポーツ、工作など、個々に与えられた役割を果たしてもらうことで、集団作業へのステップを踏んでいきます。支援の中で一貫しているのは、あくまで本人の関心や特性を大切にすること。「できないこと」よりも「できることを伸ばす」ことにフォーカスすることで、主体性や自立性を育んでいきます。これにより、中度の障がいを抱える方が一般企業に就職する、特別支援学級に通っていたお子様が通常学級に移るなど、喜ばしい成果も数多く見られています。
地域と連携した福祉施設
私がこの事業を志すきっかけとなったのは、小児訪問リハビリで、あるお母様から言われた一言でした。「子どもが言っていることと、学校や療育施設、坂上さんが言うことが全部バラバラで、何を信じればいいのかわかりません」。そのとき、「いくらリハビリをしても、この環境では子どもたちのためにならない」と強く感じ、地域密着型の福祉施設を作ることを決意しました。
現在、当社では、保護者様、学校、福祉施設など、あらゆる関係者と連携を取りながら、1人ひとりのお子様と向き合っています。近年では、保護者様が「モンスターペアレント」と見られることを恐れて、学校への意見を控える傾向があるため、当社が学校と保護者様の間に立つことも少なくありません。また、福祉制度は3年に1度大きな見直しが行われるのですが、これは福祉関連企業だけでなく、サービスを受けるご家庭や、当該の子どもたちに関わるすべての人が知っておくべきことだと私は考えています。このような情報共有を密に行うためにも、大人達の協力関係は不可欠なのです。
スタッフが楽しくなければ、利用者も楽しめない
当社は、利用者様と同じくらいスタッフの働き方を大切にしています。最も特徴的なのは、一般的なピラミッド型とは真逆の「逆ピラミッド型」の組織体制です。通常の組織は、頂点に代表や役員が位置し、その下に管理職、スタッフ、最も下が新人スタッフとなりますが、当社は真逆で、頂点が新人スタッフ、最も下が代表や役員です。よって、雑務や掃除などの業務はすべて役職者が行います。この仕組みに驚く方も多いのですが、私たち経営者や役職者の仕事は「スタッフが働きやすい環境を作ること」だと考えています。そして役職は、「スタッフを支える責任」を指すものなのです。そのため、私たち役職者は職場環境の改善や業務効率の向上に日々取り組み、その評価をスタッフに委ねています。
企業が良い製品やサービスを提供し続けられるのは、現場で働くスタッフの力があってこそです。それは決してトップや役職者の功績ではありません。だからこそ私は、スタッフに「子どもたちや保護者様のために全力を尽くすことに専念してほしい」と伝え、働きやすい環境づくりに注力しています。このような考え方が社風として定着した結果、スタッフ1人ひとりが主体的に行動し、常に成長を志す文化が生まれました。さらに、役職者や管理者が運営や業務を絶えず見直しているおかげで、年間休日120日以上、有休消化率100%というゆとりある働き方を実現しています。早い段階で有休を使い切ってしまったスタッフが、体調不良で休みたいときに有休が残っておらず、欠勤扱いになってしまったという笑い話があるほどです(笑)
全スタッフから退職を希望された日
現在のリーベグループは、創業時の苦い教訓によって構築されたものだと言えます。当時の私は「社長の自分が1番偉い」と思い込み、スタッフに非常に横柄に接していました。すると、3カ月後、5人全員のスタッフから「明日で辞めたいです」という申し出を受けたのです。そのとき、初めて「この人たちがいなければ事業が成り立たないどころか、会社も存続できない」ということに気づきました。大きな気づきを得た私は、その場で謝罪し、翌日から心を入れ替えることを約束して、退職を留まってもらうよう頼みました。
翌日から始めたこと、それは朝一番に出社してトイレ掃除をすることでした。誰もが進んでやりたがらない仕事を、あえて自分から引き受けることで、心境を改めたのです。そこからは、利用者様と同じくらいスタッフのことを大切にするというモットーが、自分の中で深く根付き、そして会社にも浸透していきました。あのとき「辞めたいです」と手を挙げたスタッフのうちの1人は、今では当社の役職者となり、率先して職場環境の改善や業務効率の向上に日々取り組んでくれています。
世界と日本、それぞれの福祉の良さを学び合う
福祉で取り扱われるのは「モノ」ではなく、「想い」や「技術」であり、その意味では直接的に海外へ輸入・輸出できるものではありません。だからこそ福祉に携わる者は、国を超えて積極的に交流し、互いに質を高め合う意欲が重要だと私は考えています。年々、世界での競争力が落ちている日本ですが、実は「福祉大国」と呼ばれ、特に心身共に病を抱えている方へのサポートは手厚いとされています。よって、日本の福祉を世界に発信することは、世界全体の福祉の質を向上させる一助になるでしょう。一方で、台湾のように、日本を参考にして福祉の土台を築いたものの、いまや日本を超える技術を誇っている国もあります。また、ドイツも発達障がい児への支援体制に優れている国です。このような国々から優れた面を学ぶべく、当社では台湾の福祉イベントに参加したり、ドイツの学校へ訪問したりといった取り組みを、3年前から始めています。
私たちは「差別化の無い一つの社会を創造する」をミッションとして掲げ、障がいを持つ人々が感じる「壁」をなくすこと、そして「人とは違うこと」が個性として受け入れられる社会を築くこと、この2つのアプローチを重視しています。そのためには、周囲を巻き込みながら進んでいくことが不可欠です。地域に密着したサービスを提供しつつも、常にグローバルな視点を持ち、良いものは積極的に取り入れて社会へ還元していくこと。それが、福祉に携わる人々にとって必要だと考えています。
福祉業界の革新を目指して
今後は福祉業界において、当社ならではのインパクトを発揮していきたいと考えています。私はスタッフに対して「150点満点の人生を送ってください」とよく伝えており、そのために必要なのは、「やりがいと誇り」「プライベートの充実と安定」「社会貢献」の3としています。なぜなら、この3つが揃って初めて、人はワークライフバランスが取れていると感じられるからです。福祉業界はワークライフバランス面でネガティブな印象を持たれがちですが、一方で「社会貢献」の部分では他の業種を圧倒していると言えます。そうであれば、「業務が作業的になってしまっている」「残業が多い」「給与が安い」といった部分を改善することで、福祉の仕事は150点満点の人生を実現する可能性を秘めているのではないでしょうか。当社が引き続き、利用者様と同等にスタッフの人生を大切に取り扱うことで、福祉業界に新たな風を吹き込むことができればと思っています。