INTERVIEW
児童・保護者・保育者の皆に優しくありたい
アートチャイルドケア株式会社
広報委員会委員長 日高衣麻
全国200か所の保育所や児童発達支援教室などを運営しているアートチャイルドケア株式会社が岡山市の隣、早島町に新設したみんなプラザ早島(複合型児童福祉施設)。0123のブランドで有名なアート引越センターを中核とするアートグループの企業である。人間の主体性と「みんな一緒」というインクルーシブな考えを重視する同社は、子ども達だけでなく、保護者、保育者、そして地域の人々にまで寄り添う取り組みをさまざまに展開。広報委員会委員長の日高衣麻さんに詳細を伺った。
全国から子どものすこやかな成長を促す児童福祉事業
当社は児童福祉事業として、全国約200か所の認可保育所や病院内保育所、児童発達支援教室などを運営しています。創業当時は保育所運営に特化していましたが、日々保育を行う中で、発達のサポートが必要であるお子様があまりに多い状況を目の当たりにし、1人ひとりのお子様の個性に応じた自信・意欲を育むにはどうすればいいかと議論と検証を重ねてきました。そうして独自の「睡眠と生活リズムの調整」と「感覚・運動リズムの調整」を土台においた療育プログラムを実施するSEDスクール(児童発達支援教室)をスタートさせ、すべての教室に感覚調整器具を設置するなど、日本でも最高水準の環境を整えて現在に至っています。
「睡眠と生活リズムの調整」は、当社の保育を語る上で欠かせないものの1つです。こちらは発達支援教室の開設を検討していた時期に、3年に渡り、専門医と協力して延べ約7,000名の保育園児に「睡眠調査」を実施し、その調査から、乳・幼児期における子どもたちの睡眠(質・量・リズム)が脳の発育・発達、さらには学習意欲や学力にも大きく関係していることがわかったために導入したものです。保護者の方にも理解・連携して頂きながら、睡眠障害の早期発見および生活リズムの改善を全園で促しています。
子ども達が本来持っている「生きる力」を育みたい
当社の保育の最大の特徴は、保育理念である「自分らしく生きていくことのできる子ども」を育てていくために、常日頃から保育の品質向上の徹底をしていることです。旧態依然の「大人の指示に子どもが従う保育・教育」は、いわば「みんなと同じことができる子ども」を育てるために行われてきました。しかし日本人の学力や表現力を世界レベルで評価すれば、そのような教育法では立ち行かなくなっていることが明確だと思います。そこで日本人の子ども達がこの先、国際社会において渡り合っていくためには何が必要かと考えたことから「自分らしく生きていくことのできる子ども」という保育理念は生まれました。
したがって当社では、たとえば遊び1つを取っても、「自ら選び取る」主体性を育むためにあらゆる遊び道具を用意したり、子ども達がそれぞれに描く「遊びのストーリー」がさらに膨らむように保育士が声掛けをしたりといった工夫を行い、たとえ「失敗」があってもきちんと受け止めながら、子ども達1人ひとりの個性と成長に応じた保育を展開しています。ここで言う「失敗」は一般的な失敗とは意味合いが異なります。本来子どもには「失敗」という概念はなく全てが必要な経験だと考えています。しかし、大人である私たちがそう捉えてしまいがちであるという自分たちへの戒めの意味も込めて、アートチャイルドケアではあえて失敗という言葉を使っています。
保護者や保育者にも寄り添う会社
当社は、アート引越センターの創業者である寺田千代乃が子育てと仕事の両立に非常に苦労したために、「いつかは、働きながら子育てをする女性や保護者達のサポートをしたい」という思いを日夜温め、2005年に生まれた会社です。企業理念が「子育て支援を通して社会に貢献する」とあるのは、この創業にかける思いに基づいています。創業時と比べれば規模は各段に広がりましたが、今現在も、当社は理念実現を目的とする事業体であり、利益は目的ではなく理念を達成するための手段と考えています。事業を行う上では、複数の視点から経営することを大切にしています。その視点とは、「児童のために」「児童の保護者のために」「職員のために」の3つです。「児童のために」は当然ですが、児童は保護者から多大な影響を受けるものです。しかし当の保護者は昨今、さまざまな事情で他の家族からのサポートを受けられないケースが多く、社会からも孤立しがちな傾向があります。さらにインターネットによる情報過多によって何が正しいのか・最善なのか振り回され、疲弊し、「子育てが楽しい」とはとても言えない方のほうが多いのではないでしょうか。そのような状況下でこそ、子育てに最も身近な存在である保育者こそが、保護者に寄り添える視点を持つべきだと私達は考えています。
「職員のために」の視点ですが、当社に限らずこの業界の労働人口は女性が圧倒的多数を占めています。つまり保護者同様、子育てで悩まれている職員が多いということです。また、両親に代わって孫のお世話をしている職員や、家族の介護をしている職員も在籍しており、いまなお日本社会では女性にかかる負担がまだまだ大きいことが伺い知れます。このようにさまざまな事情を抱える職員たちが、職場では気持ちよく保育・療育にあたることができるように、当社では「人としての成長」と「保育技術の習得」を目指した各種研修の充実や、孫を持つ従業員が年 5 日の有給休暇を取得できる「インクルーシブケア有休制度(子育て支援有休制度)」の創設など、日本一保育者が働きやすい環境整備に注力しています。2024年10月にスタートする3カ年経営方針にも(気兼ねなく子育て・介護等のケアができる風土づくり)を明示しています。
インクルーシブ社会の実現に向けて
児童福祉施設を基点としたインクルーシブ社会を構築していくというビジョンも常に念頭に置いています。昨今は対立や競争、白か黒かといった判断が当たり前になっており、「みんな一緒」という考え方を誰もが持ちづらい社会になっているのではないでしょうか。しかし「育児をしている・していない」「介護をしている・していない」「障害がある・ない」などの要素をすべて含めて「インクルーシブ(みんな一緒)」という共通認識があれば、ネガティブな感情は減少し、児童達だけでなく職員や保護者も含め、誰もが自分らしく生きていける社会に近づいていけるはずです。当社ではこのようなインクルーシブ社会を実現するべく、地域のさまざまな方が利用できる「アートみんなの食堂」や、地域交流イベントを積極的に実施し、皆さんが気軽に集まれる憩いの場の構築にも力を入れています。さらに、医療的ケアの必要なお子様の受け入れや、その保護者で保育士資格をお持ちの方は職員として併せて採用受け入れするなども、当社の取り組みの1つです。まだまだ小さな活動ですが、少しずつ輪が広がっていくことを願って継続していきたいと思います。
日本の魅力を、療育・保育の視点から再発見してもらう
日本はまだまだ課題の多い国ではありますが、一方で日本人の持つ優しさや規律正しさ、清潔さ、そして自然への畏敬の念などは世界に誇れる資産だと思います。今、世界から日本へと観光客が押し寄せているのは、決して円安という要素だけではないはずです。日本という国が持つ良さを鑑みれば、この国で保育や療育を受けられること自体が、海外の方からすれば魅力的だと映る部分もあるかもしれません。実際に「町全体で子どもを育てる」というコンセプトが昔から実践されている島根県大森町では、保育園留学を展開し、スイス人の親子が夏休みを利用して同町の保育園を2週間利用するという事例がありました。
当社は2023年10月、岡山県早島町に園を開設しましたが、こちらはい草の名産地、ならびに「子育てがしやすい地域」として有名で、子育て世帯を中心とした転入者が増加傾向にあるという稀有な地域です。今後はこの自然豊かな早島町で子どもと過ごす魅力を国内外に発信し、皆さんに今一度、子育て環境について考えて頂くきっかけとなればと思います。
ローカルの良さを磨くことがグローバル化の第一歩
私達の取り組みの先で、日本の離れた地域から、あるいは世界のどこかの国から、「子どもを早島町に連れて行ってみよう」と思って頂くことができたなら、それは日本再生に向けた1つのヒントにもなるのではないでしょうか。この日本においては、財政的に豊かで、活力があり、あらゆるイベントが開催されるような都市ばかりが魅力的なのではありません。あらゆる地域に素晴らしい資源や魅力があることを各地の皆さんが自覚し、その良さをさらに磨いていくことができれば、日本はまだまだ世界に誇れる国であり続けられるはずです。
私達は新たに「We care for 」のビジョンを掲げ、保育・療育分野における理念実現に向けて進んでいくと共に、社会との関係においては、児童福祉会社としてできる形でインクルーシブ社会実現の一助になるべく邁進して参ります。そしてこんな私達に共感してくださる方々を増やし、「みんな一緒」の輪をどんどんと広げていきたいものです。