INTERVIEW

菓子を通じて世界へ“口福”を届ける

株式会社アイネット

代表取締役 小黒敏行

「おいしい・安心・お手頃価格」が合言葉の菓子会社、株式会社アイネットは、膨大な商品を管理しながら菓子卸とメーカーの二刀流で事業を営んでいる。その労力は計り知れないと推察するものの、代表取締役の小黒敏行さんは「人と同じことをしていては生き残れませんから」と穏やかに微笑む。激動の業界を駆ける同社の斬新な事業展開、そして菓子を扱う会社ならではの苦労とやりがいを聞いた。

菓子にまつわる3つの事業

流通業は大手商社の系列会社が多く、中小企業は独自の戦法をとらなければ勝ち目はありません。そのため、当社では3つのオリジナリティあふれる事業を展開しています。

1つ目は、メイン事業である小売店向け菓子卸。特徴は、誰もが知る有名菓子から全国各地の銘菓まで、700社以上のメーカー様から5,000ものアイテムを仕入れていることです。一般的な菓子卸が扱う商品が2,000種程度と考えれば、当社の品揃えがいかにバラエティーに富んでいるかおわかり頂けるでしょう。なかでも「アイネットだけが取り扱っている商品」の割合を増やすことで、価格競争力の向上を図っています。2つ目はオリジナルブランドおよびOEMです。当社のオリジナルブランドは6種類あり、たとえば「おいしさ安心工房」は名前の通り安心・安全にこだわった無添加のお菓子、「味の花壇」はアッパーな商材を使用したやや高級なお菓子という風に特色を設け、チャネル別で販売しています。自社3工場や1,000に近い国内の協力工場様と連携することで、お客様のご要望にそったOEMも柔軟に対応している次第です。そして3つ目が、菓子一括物流システム「おまかせアイネット」。こちらはお菓子売り場の管理を当社で一元管理させて頂くアウトソーシングサービスで、現在は全国491の小売店様におまかせ頂いています。当社が仕入・管理・販売まですべての業務を請け負うことで、小売店様は労力をかけずにローコストで運営ができるという仕組みです。

3億円の赤字からスタートした社長業

今でこそ安定的な経営を行っている当社ですが、今日に至るまでにはさまざまな苦労もありました。私は大学で化学を専攻し、修了後は化粧品や食品の原料・香料メーカーへ入社。しかし会社の方針にいろいろと思うことがあり、1985年にアイネットの前身会社である菓子問屋「株式会社フタバ」へと転職、営業社員として奮闘する日々を送りました。その後、会社は1996年に合併が行われたもののうまくいかず、2年後の1998年、私が3代目社長に就任する頃にはなんと3億円近い赤字を出すという至上最大のピンチを迎えていたのです。

私は会社再建にあたって人員の見直しから経営陣の一掃まで大規模な経営改革を図り、さらに私自身も日本全国を飛び回って新商品やお客様の開拓に励みました。一連の努力が実を結んでか、2000年の決算ではなんとか黒字へと修正することができましたが、当時はとにかく必死でしたね。しかしこの時代があったからこそ、人の大切さは身に染みていますし、今なお新しいことへ取り組む姿勢を持ち続けています。

前例のない挑戦を尊重する

当社の社是は「変化に挑戦しうる人たれ」。これは創業者である叔父の言葉ですが、設立から70年近く経った今にも通じる言葉だと思います。企業が発展し続けるためには、やはり今ないものを作らなくてはなりません。たとえば当社でいえば、卸売業であるにも関わらず自社工場3つという、メーカーさながらの生産設備を所有する点はかなり稀有だと自負しています。卸売りをすることと製造すること、全く異なる事業の二刀流はかなりリスキーですから。しかし誰もやりたがらないハイリスクなことにこそ、ハイリターンはあります。ローリスクな行いに終始しているようでは、この社会で生き残っていけないのです。

大手菓子メーカーの商品の賞味期限は180日程度ですが、当社が取り扱う菓子の賞味期限は90日、短いと60日程度のものもあります。すると、倉庫へ入った段階ですぐに出荷するといった時間との戦いになり、特に膨大なアイテム数を抱える当社では細かな管理体制を強いられます。大変なのは言わずもがな、しかし誰もやりたがらないからこそ当社は好き好んでやるのです。重要なのはリスクという責任を抱えても挑戦する姿勢です。だからこそ私は社員が何か失敗しても叱責したことは1度もありません。私が怒るのは、社員が何もやらなかったときです。そして社員達が安心して思い切り挑戦できる土壌を作ること、それが私の仕事だと思っています。

新卒採用にはあえて立ち入らない

当面の課題は、人材獲得に向けた対策です。特に新卒採用は難航していますが、しかし私が学生の立場であれば「どんな説明を聞かされようが、実際に入ってみないとわからない」というのが正直なところだと思います。

そこで、最近意識しているのは、入社1~2年の社員達を採用活動のメインに据え、私はなるべく介入しないということです。採用サイトやSNSの管理・運用はすべてまかせ、説明会でも彼・彼女達が主体となって学生達と話をするようにしてもらっています。若手社員達の生の声を届けてもらうことで、入社後のギャップを防ごうとの試みでしたが、現段階では良い効果が出ているように感じます。歓迎会の食事会なども、私や幹部の人間が混じればどうしても言葉を選んでしまうでしょうから、年齢の近い社員のみの場としています。腹を割って話せる分、非常に盛り上がっているようです。たまに気になって「どんな話をしているの?」と聞くのですが、全く教えてくれませんね(笑)

厳しい世界だからこそ、”口福”を届けたい

かつて中国に、当社のオリジナルブランド「東京かれん」を7店舗出店していたことがあります。日本のお菓子はもともと「安心・安全・美味しい」というイメージが強く、さらに大連空港の改装とも重なり、売れ行きは予想以上のものでした。その結果を受け、中国国内26の国際空港へ出店を検討していた際に起こったのが東日本大震災です。その影響で今なお上海への納品はストップしており、現在はごくわずかの商品を香港へ卸している程度。非常に残念な結果となりました。しかし災害や不安定な国際情勢など、世界はいつなんどきも変化の中にあります。賞味期限のごく限られた菓子という商品を扱いながら、この世界とどう向き合っていくのか。それは当社が今後考えていくべき課題の1つのように思います。

ただ、菓子を扱っているからこそ感じられるやりがいもまたあるものです。2016年、とある事情で10t車1台分の過剰在庫が発生してしまったときがあり、全国の子ども食堂へ届けることにしました。ちょうど熊本地震があったため、8割は熊本へ送られたと聞いています。結果、現地の子供達にとても喜んでもらえたようで、頂いた手紙の中には「はじめてあんなに美味しいものを食べた」といった嬉しいメッセージがたくさん書かれていました。そのことがきっかけとなり、2022年6月からは毎月、杉並区の子ども食堂へ菓子を届けています。杉並区はシングルマザー率が非常に高く、3食をろくに食べられない中学生以下の子供が5、600人いると聞いたためです。こちらでも手紙を頂くのですが、毎月いかに楽しみにしてもらえているかがひしひしと伝わってきます。当社は「口福を届ける」ことを理念に掲げていますが、手紙の向こうにある子供達の笑顔を想像すると、これはまさしく菓子だからこそ届けられる”口福”ではないかと思います。シビアな世界に生きているからこそ、菓子のもたらすささやかな幸せ、その根底を忘れずにいたいものです。

常に変化し続けることで淀みない未来へ

今後は、2025年の70周年に向けて、精力的に動いていきたいと考えています。まずは足立区にある工場が老朽化しているため、遅くとも2025年の7月までには新工場を設立する予定です。足立区は災害リスクが非常に高い地域であるため、新工場は震度7にも耐えうるような仕様を想定しています。また業界の動向を見ると、これまで利益率を比較的低い数字で保っていた大手メーカー達が、昨今の売上の転落を省みて、利益率向上を目指す方向へ舵を切っているようです。たしかに今後の少子高齢化を考えれば、売上ではなく、利益を追及していくべきであることはどの企業においても同じでしょう。当社の利益率は8期連続で売上対比1%超え、2期連続で2%を超えている現状ですが、今後はよりいっそう中身を取っていく「量より質」の戦略を重視していきたいと考えています。

目指すは業界No.1の利益率と高い給与水準、そして社員が安心して働ける待遇の追及です。その実現のためにも、引き続き当社は変化し続けていきます。川の流れが滞って水が淀むと、中にいる魚が苦しくなってしまいますよね。それと同じことで、会社も社員を守るためには、常に流れを意識して、新鮮な水を取り入れていかなくてはならないのだと思います。

株式会社アイネット

代表取締役

青山学院大学理工学部研究科を修了後、化粧品や食品の原料・香料メーカーへ入社。1985年、前身会社である株式会社フタバへ入社し、1998年に代表取締役社長に就任。3億円の赤字から会社をV字回復させ、その後も革新的な事業展開で安定経営を実現している。