INTERVIEW
人生に寄り添い続ける歯科医療
木下歯科医院
院長 木下貴雄
患者一人ひとりに対し、クリニックを完全貸切とするオーダーメイド診療を行う木下歯科医院。カウンセリングから処置に至るまで、すべての工程を院長自らが担うため、1日に受け入れる患者はごく少数に限られている。歯科に苦手意識を持つ人や、複数の医院を受診しても解決に至らなかった人が、「木下先生に任せたい」と訪れるケースも多いという。なぜ、そこまでの信頼が寄せられるのか。同院の根底にある医療哲学を、木下院長の歩みとともにひも解く。
患者一人ひとりと向き合うオーダーメイド診療
当院は神戸に拠点を構え、完全オーダーメイド診療を行う歯科医院です。カウンセリングから治療計画、処置に至るまで、すべて院長である私が担当し、一日5〜7名限定で診療を行っています。患者様お一人ごとに医院を貸切とするため、他の方と顔を合わせることはなく、会話や治療内容が外に漏れる心配もありません。本音を安心して話していただける環境づくりを、診療の土台として大切にしています。
治療の軸は、精密入れ歯治療とマイクロスコープを用いた精密治療です。歯を残せる可能性があれば最大限保存を目指し、難しい場合には長期的な安定と生活の質を見据えた入れ歯治療を提案。短期的な結果ではなく、その方の人生全体を視野に入れた治療計画を重視しています。複数の歯科医院や大学病院を受診しても解決に至らなかった、重度のお悩みを抱えた患者様が多く来院されるのも当院の特徴です。現在では6〜7割が県外からの来院で、新幹線や飛行機を利用して通われる患者様も少なくありません。
歯科医師を志した原点と転機
私が歯科医師を志したのは中学生の頃でした。敬愛していた祖父が歯科治療をきっかけに急速に体調を崩し、亡くなってしまったのです。「人を救うはずの医療が、なぜこんな結果を招いたのか」。葬儀の最中、私は「本当に人を治せる歯科医師になりたい」と決意しました。当時からよく歯に悩んでいた母や祖母の存在も、その思いを後押ししていたと思います。大学進学後は、歯科医師としての基盤は最初の就職先で決まると考え、全国の歯科医院を見学し、学びたい環境が揃っていた神戸の医院に就職。そこからの5年間、理論・技術・審美を徹底的に学び、歯科医師としての土台を築きました。しかし、技術を磨くほどに、理想の治療を押し付けているのではないかという葛藤も生まれました。「患者様の人生や価値観を知らずして、本当の意味での治療はできない」。そう考えるようになり、辿り着いたのが、一人ひとりと時間をかけて向き合う貸切診療のスタイルでした。
さらに開業後、ある患者様の一言が転機になります。「私が寝たきりになったら、誰がインプラントを掃除してくれますか?それならば、多少費用がかかっても、良い入れ歯を作れませんか?」私は、「インプラントが最善だ」という固定観念を持っていた自分を恥じ、改めて患者様にとっての幸せとは何かを見つめ直しました。その後、志を共にする歯科技工士との出会いに恵まれ、「精密入れ歯治療」という道を歩み始めたのです。
“命を吹き込む”精密入れ歯
当院の精密入れ歯治療は、一般的な保険診療とは大きく異なります。保険診療は使用できる材料や工程、診療時間が限られますが、自由診療ではその制約を受けない分、患者様一人ひとりに合わせた、より精密で再現性の高い治療設計が可能です。たとえば当院では、型取りだけでも約2時間をかけ、患者様専用のオーダーメイドのトレーと、ゆっくりと硬化する材料を使用します。その過程で、口の開閉や舌の動きなど、実際の生活動作に近い状態を型として記録するためです。
噛み合わせの設計では、骨格や各種データを数値化し、精密な咬合器を用いて感覚に頼らない精度を追求。食事や発音時の口の動きなど、日常生活での機能性を細かく検証しながら調整を重ねます。そのうえで、「八重歯を残したい」「前歯を少し大きくしたい」といった審美面のご要望も丁寧に取り入れ、顔全体の印象まで含めて設計していきます。これらの工程は、まさに入れ歯に命を宿していくような作業です。こうした積み重ねによって、お口に入れた瞬間から自然に馴染み、患者様に笑顔と感動をもたらす入れ歯が生まれていきます。当院が自由診療を第一選択としているのは、この精度と満足度を追求するためなのです。
歯の奥にいる”人”と向き合いたい
「入れ歯」と聞くと高齢の方をイメージしますが、当院で最も多い年代は40〜50代です。本来、入れ歯とは縁が薄いはずの方々がなぜ来院されるのか。それは、当院の診療スタイルへの信頼があるからだと感じています。当院が完全貸切体制をとっている最大の理由は、「歯」だけでなく「人」と向き合う医療を行いたいからです。歯の状態の裏には、その方の生活や人生が必ずあります。歯科恐怖症や、いじめ・虐待の経験、摂食障害、育児や介護によって長年ご自身のケアができなかった方など、深い事情を抱えた患者様も少なくありません。そして、そうした想いは、待合室に人が並ぶような空間では決して語られないのです。当院では複数の医院で断られ続け、「ここなら話を聞いてもらえるかもしれない」と検索してたどり着かれた方も多く、初診時に涙を流されることもあります。その思いを受け止める覚悟が、私たちには求められているのです。
私は、治療について良いことだけを伝えることはしません。不確実性がある場合は正直に共有し、それでも答えが出るまで挑戦し続ける覚悟があることをお伝えします。そのうえで、一緒に進むかどうかは患者様ご自身に選んでいただきます。歯科医師と患者という関係の前に、人間同士として誠実に向き合いたい。その想いが、この診療スタイルの根底にあります。
国境を越えて選ばれる理由
コロナ禍で減少していた海外からのお問い合わせも、現在は戻りつつあります。実際にいらっしゃるのは、ロサンゼルスやドバイ、イギリス、フランス、中国からの患者様。定期検診のために来日される方もいらっしゃいます。歯は、水や空気、食べ物が最初に通る“体の入り口”であり、全身の健康にも直結する重要な器官です。だからこそ、その悩みは国や文化を超えて共通しています。周囲を気にせず話せる環境で、誰にも相談できない悩みを打ち明け、納得できる精密な治療を受けたい。その思いもまた、日本でも海外でも変わらないと感じています。
一方で、人種による口腔構造の違いは確かにあります。歯や骨格、歯茎の状態、治療への反応は一人ひとり異なり、過去には身長2メートルを超えるドイツ人患者様に、日本人向けの器具が合わず、さまざまなメーカーを探し回ったこともありました。しかし、これもまた当院が日々行っているオーダーメイド医療の延長線上にあるものです。距離や国境を越えてでも当院を選んでくださった患者様には、それだけの事情や背景がある。その思いを受け止め、全身全霊で向き合う姿勢は決して変わりません。
with your Life ─ 人生に伴走する歯科医療
私の名刺には「with your Life」という言葉を刻んでいます。歯の治療を通して向き合っているのは、その方の人生そのものだと考えているからです。「先生に会って人生が変わった」と言われたときなどは、この仕事の意義を深く実感します。当院は開業以来、診療スタイルや規模を変えることなく歩んできました。今後もその姿勢を変える予定はありません。量を追えば、質を追求する医療との両立は難しい。だからこそ、私が全身全霊をかけられる範囲で、一人ひとりと向き合う医療を続けていきます。
今後の目標を聞かれたとき、私はよくプロ野球の話を例に出します。3割打てば「優秀」と言われますが、私が目指すのは全打席ホームランです。医療に100%はありません。それでも、すべての患者様に120点を目指したい。そしてその思いは、私だけでなくスタッフ全員で共有し、日々体現しようと努力しています。私たちが大切にしているホスピタリティとは、「その方以上に、その方のことを考える姿勢」です。言葉にできない不安や、遠慮して隠してしまう想いまで想像し、先回りして整えること。その積み重ねが、安心して心を開ける空間をつくり、その方にとって最適な治療ができると信じています。
歯と向き合うことは、人生を前へ進めること──。その一歩に、スタッフ一同これからも伴走し続けます。