INTERVIEW
健康的な歯並びを「予防」で育てる
はやし矯正・歯列育成クリニック
院長 林亮助

「歯並びの乱れは予防できる」。その確信のもと、口腔機能の向上によって不正咬合を未然に防ぐ「予防矯正」を実践するはやし矯正・歯列育成クリニック。院長の林亮助氏は、20年にわたる研究と臨床経験を活かし、特に子どもたちの健やかな成長を支える小児矯正に注力している。診療と並行して、今なお最新の治療法を追及し続けている林院長。その新しい矯正治療の形とは。

歯列不正を防ぐ「予防矯正」を提供
矯正歯科というと、「歯並びが悪くなってから治療する」というのが一般的ですが、当院は歯列不正を未然に防ぐ「予防矯正」を行っていることが大きな特徴です。私は大学院時代、口腔機能の脆弱化が不正咬合に関与していることを学術論文で証明し、学術奨励賞を受賞しました。「不正咬合は『予防』の時代がくる」と確信したのはまさにそのときです。この分野に特化すべく、大学病院の矯正科で10年間予防治療法の確立に取り組み、その後、当院の前身ともいえる小児歯科クリニックで小児矯正を6年担当。そして本格的に予防矯正を提供するべく、2022年にはやし矯正・歯列育成クリニックを開院しました。
当院の患者様の約70%は子どもです。私は世田谷で20年ほど歯科診療を行っていますが、ここ10年は、特に小学校低学年くらいの患者様が増えています。「うちの子は本当に矯正治療が必要なのか」と、セカンドオピニオンやサードオピニオンを求めて来院される方も多くなりました。歯並びへの関心が高まる今だからこそ、早期からの予防的アプローチを推進し、新しい矯正治療を提供していきたいと考えています。
口腔機能の重要性
「予防矯正」とは、一言で言えば「歯並びが悪くなる前にその原因に対処すること」です。そして、その原因の多くは口腔機能の脆弱性にあります。特に近年の子どもたちは、「口を閉じる力」「ものを飲み込む力」など、本来幼児期に獲得されるべき口腔機能が十分に備わっていないことが多く、これが顎の発達不全や歯並びの乱れにつながっているのです。それだけでなく、口呼吸や歯の食いしばりなどの問題は、免疫力の低下や頭痛の原因にもなります。幼少期に適切な口腔機能を獲得することは、歯並びだけでなく、生涯の健康を守るためにも重要なのです。
当院では矯正治療に入る前に、まず口腔機能検査を行い、舌を持ち上げる力や嚙む力などを数値化します。その後、口の機能を鍛えるために家庭でも実践できる簡単なトレーニングを指導し、月1回の定期健診で進捗を確認しながら、適宜トレーニング内容を調整していきます。すると、多くの場合は、半年程度で口腔機能の向上と歯並びの改善が見られるのです。特に顎の成長がピークを迎える小学校低学年までに口腔機能を整えると、顎の正常な発達が促され、歯列不正の改善が期待できます。矯正治療を検討するのは、それでも十分な効果が得られない場合のみです。いきなり治療に入るのではなく、お子様が本来持つ成長力を引き出すことで、その後の治療の負担を軽減し、生涯にわたる口腔健康の維持を目指しています。

緻密でポジティブな医療の実践
診療において最も大切にしているのは、患者さま一人ひとりへの徹底した準備です。治療前には前回の効果を予測し、実際の状態と照らし合わせながら、必要に応じて治療計画を修正していきます。これが最も効率的で、患者様にとっても無駄のない治療につながると考えているためです。また、患者様には写真やレントゲン、口腔機能検査の結果をお見せし、現状の問題点と改善策を「見える化」で共有。治療の変化を実感していただくことで、納得感や安心感につなげています。
さらに診療中は、ネガティブな表現を使わないことも意識しています。お子さんが家庭でトレーニングができなかった場合でも、責めるのではなく「どうしたらできるようになるか」を一緒に考えるのです。私は、子どもたちには「子ども扱い」するのではなく、一人の人間として対等に接した方が、「やらなくては」という自主性が育まれると考えています。そして、努力の成果を実感することで自信がつき、治療にも前向きに取り組むようになってくれるのです。この矯正治療を通じて得られた成功体験が、きれいな歯並びだけでなく、未来へのチャレンジ精神にもつながると嬉しいですね。
臨床と研究の両輪で治療法をアップデート
数十年前と現在では、矯正治療のアプローチは大きく異なります。現状の治療法もこれまでのエビデンスに基づいて実施されていますが、それが必ずしも最善とは限りません。そのため私は、常に「より効果的な治療は何か」「より低侵襲な治療は何か」という視点を持ち続け、臨床と研究を両輪で進められるクリニックを作りました。よって当院では、各種画像診断装置や小児の口腔機能・歯列・顎骨を分析する計測機など、データ収集に欠かせない装置を完備しています。私は長年にわたり、子どもたちの口腔機能や顎の成長を研究し、その成果を治療に反映してきました。そして現在も、クリニックを運営しながら、最新の知見をもとに治療法のアップデートを続けています。
歯列不正は、見た目の問題だけでなく、「人前で笑えなくなる」といった心理的な影響や、虫歯、歯周病といった身体的な問題にもつながります。特に小児矯正では、成人後も安定した噛み合わせを維持できるよう、科学的根拠に基づいた治療が不可欠です。しかし患者様の未来まで見据えた医療を提供できるクリニックは、そう多くありません。当院は、常に最新のエビデンスを治療に反映することで、患者様の未来を支えていきたいと思っています。
日本の歯並び問題をグローバルな価値へ
海外では歯並びの良し悪しが社会的なバックグラウンドを連想させることがあります。そして残念ながら、日本人は海外から「歯並びが悪い」というイメージを持たれることが少なくありません。当院のある地域は海外で働く方が多く、子どもたちが国際社会で活躍するための要素として歯並びを重視される方が増加しています。私は、子どもたちが海外で不要なハンデを負わないよう、この「日本人は歯並びが悪い」というイメージの払拭に尽力したいと考えています。
確かに、世界的に見ても日本人は歯並びの問題を抱えやすい傾向にあります。しかし、これを逆に捉えると、日本で歯列不正の予防法を確立できれば、世界中の歯列不正の解決に貢献できるかもしれないということです。私の使命は、まず子どもたちへの予防矯正で成功モデルを作り、その要因や新たに生まれた課題を解析し、外部へ発信することです。すでに国内のセミナーや学会では実践していますが、これを世界に広げることで、国際医療の新たな価値創造につながるかもしれません。世界中の子どもたちがグローバルに活躍するための基盤づくりにおいて、「歯」という観点から貢献するには、地域医療と国際医療の連携が重要だと思っています。
世代を超えてつながる予防矯正
当院では、20年前に治療した患者様のお子さんが来院されるケースや、お子さんの治療をきっかけに親御さんが矯正を始められるケースも増えています。これは、矯正治療へのポジティブなイメージが世代を超えて広がっている証であり、地域歯科に携わってきた身としては非常に嬉しい限りです。この好循環をさらに広げていくため、当院は今後も歯並びの改善だけでなく、長い治療期間をストレスなく過ごしてもらえるよう丁寧なケアに努めていきます。患者様に「矯正をして本当に良かった」と心から思ってもらえることが、当院の最も大切な目標です。さらに、治療後もできるだけ年に1度は来院していただき、不調の早期発見とメンテナンスを行っています。地域に根差した医療を提供し、また患者様の歯に責任を持つ上で、こうした継続的な信頼関係の構築は欠かせません。
近年の矯正治療は、従来の強い力で歯を動かす方法から、弱い力で治療を行う手法へと進化しています。加えて、口腔習慣をコントロールすることで、さらに痛みを抑えた効果的な治療が可能になりました。私は引き続き、不正咬合の原因究明と、より低侵襲な治療法の確立を目指し、臨床と研究の両面からアプローチしていきます。予防矯正の普及を進め、歯並びに悩むすべての方々に還元したい、それが私の想いです。